TellAria

深淵を覗く者

交信を世界に明かすか、人類への脅威を恐れて隠すか、科学者は迫られる。

Beginning

深度一万八十メートル。人が造ったもので、この闇の底まで降りたものは、これまで、ほとんどなかった。私は、深海調査ステーション『白鯨』の、狭い観測室で、モニターの、青白い光だけを頼りに、三年間、この場所の、記録を、取りつづけてきた。私の名は、深瀬。海洋神経生物学者。専門は、生物発光による、種内情報伝達。要するに、深海の生き物が、光で、どう「語り合う」かを、研究してきた。

ハダル帯――海溝の、最深部。太陽の光は、遥か昔に、届くのをやめ、水圧は、一平方センチあたり、一トンを超える。ここには、何もないはずだった。だが、二年前、私は、ある「発光」を、捉えた。それは、既知の、どの生物の、どの発光パターンとも、違っていた。ランダムな、明滅では、なかった。そこには、構造が、あった。繰り返しと、変奏。文法の、匂い。私は、それを、偶然だと、思おうとした。三年目の、いまも、そう思いたかった。だが、データは、無慈悲に、一つの結論を、指し示していた。あの光は、言語だった。

私は、独りで、解読を、進めた。同僚には、話さなかった。話せば、正気を、疑われる。私は、深海の、微弱な発光を、増幅し、記録し、その、統辞の構造を、来る夜も、来る夜も、分析した。そして、恐ろしいことに、私は、応答の、方法を、見出した。ステーションの、外部照明を、特定のパターンで、明滅させる。それは、いわば、私が、闇に向かって、たどたどしく、話しかける、試みだった。半年間、闇は、沈黙していた。私は、あきらめかけた。自分の、孤独が、見せた、幻だったのだと。