TellAria

無音の交響曲

理解されない作品を世に出すか、沈黙のうちに葬るか、作曲家は迫られる。

Beginning

冬の朝の光が、榊原玄の仕事部屋を斜めに切り取っていた。譜面台の上には、書きかけの総譜が三十枚ばかり積まれ、その一番上の一枚に、彼はいま最後の休符を書き込もうとしている。ペン先が紙に触れる、その微かな音さえ、彼にはもう届かない。七年前のあの熱病の夜以来、世界はまるごと厚い硝子の向こうへ退いてしまった。指揮台で聴衆の拍手に包まれていた男が、今では自分の咳の音ひとつ聞くことができない。

それでも、いや、それゆえに、彼は書きつづけていた。題して『無音の交響曲』。四つの楽章のいずれもが、鳴り響くための音楽ではなく、鳴り止んだあとに残る空白のためにこそ書かれている。第一楽章の冒頭には、三十二小節にわたる、ほとんど音のない持続がある。弦楽器は弓を弦にのせたまま、圧をかけず、ただ息のような擦過音だけを立てる。楽譜を初めて見た者は、これを冗談か、あるいは老いた作曲家の錯乱と受け取るだろう。玄自身、それを承知していた。承知したうえで、彼は自分の失われた聴覚を、そのまま作品の構造へと翻訳しようとしていたのである。聞こえないという事実を嘆くのではなく、聞こえないことのなかにしか宿らない何かを、五線譜の上に定着させること。それが、余生に残された唯一の仕事だと彼は思い定めていた。

部屋の隅では、詩織が譜面を写していた。生まれつき耳の聞こえない娘で、まだ二十四になったばかりだった。三年前、音楽大学の写譜の講義で玄と出会い、以来、彼の手足となって働いている。彼女は音を聞いたことがない。だが、床に手のひらをつけ、ピアノの筐体に頬を寄せ、あるいは自分の胸骨に指を当てて、玄の書いた楽譜を「振動として」読む術を身につけていた。玄はしばしば、彼女こそがこの曲の唯一正しい聴き手なのだと感じた。音を音として聞かない者にとってのみ、この交響曲は本来の姿をあらわすのかもしれない。