凍てつく前線にて
敵を信じて共に生き延びるか、隙を見て手にかけるか、兵士は迫られる。
Beginning
明治三十八年二月、奉天の北方に横たわる曠野は、名を持たぬ白の一色に塗りつぶされていた。日が落ちてからというもの、風は方角を失い、雪は上から降るというより、四方八方から人の肉を削ぎに来るように吹きつけた。第七師団の一等卒、河田進は、いつ自分の隊列とはぐれたのか、もはや思い出すことができなかった。前を進む戦友の外套の裾を目印にしていたはずが、砲声と吹雪の白幕にまぎれて、気づいたときには前にも後ろにも人影はなく、ただ膝まで埋まる雪と、頬を裂く風だけが彼を取り囲んでいた。
十九になったばかりの彼にとって、寒さとは故郷の会津で知っていたもののことだった。だがこの満洲の寒さは、記憶のなかのどんな冬とも似ていなかった。それは温度ではなく、意志を持った何かのように思われた。指はとうに感覚を失い、銃を握る手は、握っているという実感すらないまま、ただ形だけがそこにあった。睫毛は凍りつき、瞬きのたびに小さな氷の粒が剥がれて落ちた。生きて夜を越すという一事だけが、彼の頭のなかに残された唯一の命令だった。
どれほど歩いたのか。足元の雪が不意に消え、彼の体は前のめりに宙を泳いだ。塹壕だった。味方のものか敵のものか、この吹雪のなかでは判別のしようもない、放棄されたひとすじの溝。彼は肩から落ち、雪と凍った土の底に叩きつけられた。息が詰まり、しばらくは動くこともできなかった。それでも、頭上を薙ぐ風がここには届かないという、それだけのことが、彼にはほとんど恩寵のように感じられた。壕の壁が、生まれて初めて出会う壁のように、彼をかばっていた。