毒を盛る庭師
陰謀に加担するか、命がけで主人に警告するか、庭師は迫られる。
Beginning
桐生伯爵家の、庭は、この、界隈で、知らぬ者の、ない、名園で、あった。春には、枝垂れ桜が、滝のように、咲き乱れ、夏には、青々とした、芝が、陽に、輝き、秋には、紅葉が、燃えるように、色づく。その、四季折々の、美を、たった一人で、守り育ててきたのが——庭師の、佐吉で、あった。齢は、五十の、坂を、越えている。無口で、目立たず、朝から、晩まで、黙々と、土を、耕し、枝を、剪り、水を、遣る。屋敷の、誰もが、彼を、"物言わぬ、庭の、影"のように、思っていた。だが——その、皺深い、手が、密かに、育てている、ものが。庭の、最も、奥まった、日陰の、一角に、あることを。知る者は、いなかった。
鳥兜(とりかぶと)。石楠花(しゃくなげ)。夾竹桃(きょうちくとう)。……そこに、ひっそりと、植えられていたのは、いずれも、美しい、花を、つける、猛毒の、草木で、あった。佐吉は、庭師として、あらゆる、草木を、知り尽くしている。どの、根が、どれほどの、毒を、持ち、どう、煎じれば、無味無臭の、死を、生むのか。……その、知識を。彼は、"ある、目的"のために。この、十年、静かに、研ぎ澄まし続けてきたのだ。十年前——佐吉の、一人娘、お絹は。この、屋敷で、女中として、奉公していた。そして、その、娘は。主人たる、桐生伯爵の、慰みものにされ、身籠り、そして、用済みと、なるや、屋敷の、裏の、池に、身を、投げて、死んだ。伯爵は、眉ひとつ、動かさなかった。「女中が、一人、消えただけだ」と。
桐生伯爵は、冷酷にして、傲慢な、男で、あった。財と、権勢に、飽かして、使用人を、虫けらのように、扱い、逆らう、者は、容赦なく、叩き潰す。屋敷には、常に、怯えと、追従の、空気が、澱んでいた。佐吉は、娘を、殺されて、なお——この、屋敷を、去らなかった。去れなかったのだ。彼は、庭師として、留まり、あの、毒の、園を、育てながら、来る日も、来る日も、伯爵の、死を、夢見てきた。だが——五十を、過ぎた、老庭師に。大貴族を、手にかける、度胸など、あろうはずも、なく。復讐は、ただ、胸の、奥で、燻り続ける、黒い、熾火に、過ぎなかった。……その、日が、来るまでは。