TellAria

境界線の村

中立を貫くか、一方に従って村を守るか、村長は迫られる。

Beginning

天嶮峠は、その名の、示す通り、天の、嶮しさを、そのままに、地へと、写し取ったかのような、峠であった。北の、玄国と、南の、朱国。二つの、大国を、隔てて、そびえる、峨々たる、山脈。その、唯一の、切れ目——大軍が、通ることの、できる、ただ一つの、隘路が、この、天嶮峠だった。そして、その、峠の、懐に、抱かれるように、一つの、小さな、村が、あった。峠村。石を、積んだ、家々が、山肌に、へばりつく、慎ましい、この、村こそが。今、この、瞬間、二つの、大国の、運命を、その、両の掌に、握らされることに、なった、"境界線の、村"であった。

村長の、佐平は、齢六十を、越えた、痩身の、老人であった。彼は、この、村で、生まれ、この、村で、老いた。峠村は、古来、玄国にも、朱国にも、属さぬ、"境界の、民"の、村であった。北の、麓には、玄国が。南の、麓には、朱国が。だが、この、峠の、上では。両国の、言葉が、混じり合い、両国の、血が、幾世代にも、渡って、交わり合ってきた。村人の、半ばは、北に、親類を、持ち、半ばは、南に、縁者を、持つ。彼らは、玄人でも、朱人でも、なかった。ただ、"峠村の、民"であった。そして、佐平の、父も、その、また、父も。この、村を、いずれの、大国にも、与さぬ、"中立の、地"として、巧みな、外交と、忍耐とによって、守り抜いてきたのだった。

だが——今、その、幾世代にも、渡って、保たれてきた、微妙な、均衡が。轟音を、立てて、崩れ去ろうとしていた。玄国と、朱国。長きに、渡って、睨み合ってきた、二つの、大国が。ついに、全面的な、戦へと、突入したのだ。そして、両軍が、その、雌雄を、決するために、なだれ込もうとしている、その、要衝こそが——他でも、ない、この、天嶮峠だった。峠を、制する、者が、戦を、制する。それは、両国の、将帥が、等しく、認める、自明の、理であった。ゆえに、両国は、峠村へと、使者を、送り込んできた。北からは、玄国の、将、狼牙(ろうが)。冷酷にして、剛毅な、武人。南からは、朱国の、謀臣、燕丹(えんたん)。柔和にして、老獪な、策士。