亡国の作曲家
故国への思いを貫くか、新しい国に同化するか、作曲家は迫られる。
Beginning
冬の、朝の、光が、古い、アパルトマンの、書斎に、斜めに、差し込んでいた。エミル・ドラガンは、その、褪せた、光の中で、白紙の、五線譜を、前に、じっと、坐っていた。彼の、傍らには、冷めた、紅茶と、そして、決して、開かれることの、ない、一冊の、古い、写真帖が、置かれている。七十五歳。亡命作曲家、エミル・ドラガンの、生涯は、もはや、その、終焉の、近きことを、彼、自身に、静かに、告げていた。彼の、指は、もう、若い頃のように、鍵盤を、駆けることは、ない。だが、彼の、内には、まだ——書き遺すべき、たった一つの、"音楽"が、あった。彼の、最後の、交響曲。彼の、失われた、祖国への、最後の、手向け。
ヴェレシア。それが、エミルの、生まれ育った、小国の、名であった。バルト海に、面した、その、小さな、国は。豊かな、森と、湖、素朴な、民謡と、そして、独自の、言葉と、文化を、持つ、慎ましくも、美しい、国だった。だが——四十年前。隣接する、巨大な、帝国の、軍靴が、その、小さな、国を、踏み躙った。抵抗は、あまりにも、無力だった。ヴェレシアは、地図の、上から、その、名を、消され、その、言葉は、禁じられ、その、文化は、"存在しなかったもの"として、歴史の、闇へと、葬り去られた。当時、まだ、若き、作曲家であった、エミルは、辛くも、国を、脱出した。だが、彼の、両親も、多くの、友も、そして——愛する、婚約者、ソフィアも。故国の、崩壊の、混乱の中で、命を、落とした。エミルは、たった一人、遥かな、異国の、地へと、流れ着いたのだった。
それから、四十年。エミル・ドラガンは、この、大いなる、西方の、大国の、片隅で、生き続けてきた。彼は、決して、この、国に、同化しようとは、しなかった。彼は、生涯を通じて、ただ一つの、ことに、その、才能の、すべてを、捧げた。失われた、ヴェレシアの、記憶を——その、森の、匂いを、湖の、静けさを、民の、歌声を、そして、二度と、戻らぬ、故国の、魂の、すべてを。音楽という、器の、中に、封じ込め、遺すこと。彼の、作品は、少数の、批評家からは、高く、評価されたが、その、あまりにも、"異国的"で、"後ろ向き"な、哀愁は、この、忙しく、前進し続ける、大国の、聴衆の、心には、遂に、深く、届くことは、なかった。彼は、この、国では、永遠の、"異邦人"であり続けた。そして、彼が、守り続ける、ヴェレシアの、記憶を、分かち合える、者は——年々、この世を、去り、今や、数える、ほどしか、残されていなかった。