螺旋の塔の錬金術師
永遠の命を得るか、人間らしさを守るか、錬金術師は迫られる。
Beginning
螺旋の塔の、最上階には、いつも、夜が、澱んでいた。
三十七年。錬金術師エリアス・ヴェントが、この、天を、突き刺すような、塔に、籠もり、ただ一つの、目的のために、生涯を、擲ってきた、その、歳月の、長さである。積み上げられた、無数の、書物。褪せた、羊皮紙。硫黄と、水銀の、饐えた、匂い。そして、部屋の、中央に、鎮座する、異形の、装置——幾何学的な、陣の、上に、幾つもの、蒸留器と、坩堝が、精密に、配され、その、中心に、一つの、水晶の、器が、据えられていた。エリアスの、指が、震えながら、その、器の、縁を、なぞる。三十七年の、果てに。彼は、ついに、ここまで、辿り着いたのだ。人が、決して、越えてはならぬと、されてきた、あの、一線の、際まで。不老不死。死そのものの、克服。
彼を、ここまで、駆り立てたのは、栄誉への、渇望では、なかった。老いた、エリアスの、脳裏には、今も、鮮明に、一人の、女の、面影が、焼きついている。アデリナ。彼の、妻。三十七年前、あの、疫病の、猛威の、前に、エリアスの、あらゆる、知識も、術も、無力であった。彼女は、彼の、腕の中で、まだ、若く、美しいまま、冷たく、なっていった。「死なないで」と、すがりつく、彼の、言葉は、死の、絶対的な、沈黙の、前に、虚しく、砕け散った。その日、エリアスの、中で、何かが、壊れ、そして、新たに、燃え上がった。死を、赦さない。二度と、大切なものを、あの、無慈悲な、闇に、奪わせは、しない。彼の、狂気にも、似た、探求は、そこから、始まったのだった。