TellAria

崖の上の灯

崖を登って確かめるか、村の禁忌を守るか、少年は迷う。

Beginning

磯ヶ浦は、忘れられたような、小さな漁村だった。切り立った断崖に、抱かれるように、家々が、身を寄せ合い、その前には、いつも、暗く、荒い海が、広がっている。そして——村を、見下ろす、あの断崖の、てっぺんに。一軒の、古い家が、建っていた。誰も、住んでいないはずの、朽ちかけた家。だが、毎晩、日が暮れると、その家の、たった一つの窓に、ぽつり、と、灯りが、点る。オレンジ色の、小さな、揺れる灯。まるで、誰かが、そこで、じっと、海を、見つめているかのように。

十三歳の、湊は、浜辺の、岩に腰かけ、今夜も、その灯りを、見上げていた。物心ついた頃から、その灯りは、そこに、あった。村の者は、決して、それに、近づかない。「崖の家には、行ってはならない」。それが、磯ヶ浦の、古い、掟だった。あの灯りは、"死者の灯"。近づけば、海に、魅入られ、二度と、戻れない。祖母は、湊が、幼い頃から、そう、言い聞かせてきた。だから、村の子供たちは、あの崖を、指さすことすら、恐れた。

だが、湊にとって、あの灯りは、この一年、まったく、別の意味を、持つように、なっていた。一年前。湊の父、征二は、漁に出たまま、帰らなかった。突然の、時化。父の船は、木っ端みじんに、砕けて、浜に、打ち上げられた。だが、父の亡骸は——ついに、見つからなかった。海が、父を、呑み込んだのだ。母は、泣き暮らし、湊は、ただ、毎晩、海を、見つめることしか、できなかった。そして、いつしか、彼は、あの、崖の上の灯りに、奇妙な、想いを、寄せるように、なっていた。