盗まれた季節
村を救うために犠牲を払うか、安全な道を選ぶか、少年は迫られる。
Beginning
その、村から、春が、消えて、三年が、経った。冬、春、夏、秋。四つの、季節が、巡るのが、世界の、理(ことわり)だった。だが、山あいの、小さな、村、雪縢(ゆきかがり)では、ある年の、冬が、終わったあと、二度と、春が、来なかった。雪は、溶けず、木々は、芽吹かず、大地は、凍りついた、ままだった。夏も、秋も、来なかった。ただ、灰色の、空から、雪だけが、降り続ける、永遠の、冬。畑は、実らず、蓄えは、尽き、村人たちは、寒さと、飢えの、なかで、少しずつ、死んでいった。
樹(いつき)は、十四歳の、少年だった。彼の、母は、去年の、冬——いや、この、終わらない、冬の、なかで、病に、倒れ、いまも、床に、伏せていた。「春が、来れば……薬草も、採れるのに」。母は、青ざめた、唇で、そう、つぶやいた。樹は、決意した。座して、死を、待つわけには、いかない。春が、消えた、原因を、突き止め、それを、取り戻す。彼は、村の、いちばんの、長老、ばば様のもとを、訪ねた。この、村で、ただ一人、古い、言い伝えを、知る、老婆に。
ばば様は、囲炉裏の、火を、見つめながら、しわがれた声で、語った。「……春はな、盗まれたのじゃ」。樹は、息を、呑んだ。「盗まれた?」。「北の、涯(はて)、〈氷結(ひむすび)の、山〉に、〈冬の、王〉が、棲んでおる。あれが、この、村の、春を、盗み、己の、玉座の、下に、封じ込めたのじゃ。四つの、季節の、うち、春だけが、あれの、好物でな。花の、香り、芽吹きの、力、命の、蘇る、その、季節を、あれは、独り占めしたいのじゃ」。ばば様は、樹を、じっと、見た。「春を、取り戻すには、〈氷結の山〉へ、登り、〈冬の王〉から、それを、奪い返すしか、ない」。