雨の交差点
もう一度話しかけるか、すれ違ったまま去るか、二人は迷う。
Beginning
六月の雨は、朝から、糸のように、細く、絶え間なく降っていた。渋谷の、大きな交差点。信号待ちの人波が、色とりどりの傘の下で、身を寄せ合っている。真島遥は、その群れの、いちばん端で、鞄を胸に抱え、点滅する赤信号を、ぼんやりと、見上げていた。三十四歳。広告代理店の、慌ただしい打ち合わせの帰りで、頭のなかは、まだ、半分、仕事のことで、占められていた。
だから、彼女は、最初、気づかなかった。交差点の、向こう側。同じように、信号を待つ人の群れの、その中に、一人の男が、立っていることに。紺色の、地味な傘。少し、痩せた。けれど、あの、まっすぐな立ち姿だけは、十年経っても、まったく、変わっていなかった。遥の心臓が、一つ、大きく、跳ねた。柏木、和也。彼女が、二十四のとき、別れた——いや、別れることになってしまった、かつての、恋人であった。
信号が、青に、変わった。両側から、傘の波が、いっせいに、動き出す。遥の足は、地面に、縫いつけられたように、動かなかった。向こうから、和也が、歩いてくる。まだ、彼は、こちらに、気づいていない。すれ違うまで、あと、十歩。九歩。遥の頭のなかで、十年前の、あの、最後の日が、雨の匂いと共に、鮮やかに、よみがえった。小さな、行き違い。意地。言えなかった、一言。そして、追いかけなかった、あの背中。