TellAria

温泉宿の秘密

部屋を変えてもらうか、自分で正体を確かめるか、旅行者は迷う。

Beginning

その温泉宿を選んだのは、ただ「静かに休みたい」という、それだけの理由だった。

山あいの、地図にも小さくしか載っていない古い宿。冬の平日で、客はわたしのほかに、ほとんどいないようだった。木造の廊下は歩くたびにきしみ、窓の外には、音もなく雪が降り積もっていく。女将は物腰のやわらかい年配の女性で、案内された部屋は八畳の和室。「離れに近い、いちばん奥のお部屋です」と、彼女は少しだけ言葉を選ぶように言った。「夜は……どうか、廊下にお出にならないでくださいね」。

その言葉の意味を、わたしは初めの夜には深く考えなかった。温泉につかり、地の料理を味わい、布団に入るころには、旅の疲れで、すぐに眠りに落ちた。